「野口大使のブラジル便り」第4号(10月10日)
令和8年10月10日
「地球の反対側から日本経済を強くするために」
昨年12月にブラジリアに着任して以来、日本のことを紹介される際に、「日本は過去数十年にわたって常にGDP世界第5位以内に入っている」と紹介される機会が何度かあった。2010年に中国に抜かれるまで常に、「GDP世界第二位の経済大国」日本との形容詞に慣れ親しんできた私にとって、いささか腑に落ちない紹介のされ方ではある。しかし、事実は事実として向き合って、むしろ世界は日本のことをそのように見ているとして謙虚に受け止めるべきかもしれない。でも、一行政官として、指をくわえて黙って見過ごすわけにはいかない。国際情勢が不透明な中、また、少子高齢化に直面する中、日本経済を強くするためにブラジルにいて何ができるかについては、私としても常に問題意識を持って取り組んでいる。
1 メルコスールとの関係強化
まずは、ブラジルを含むメルコスール(南米南部共同市場)との関係強化である。メルコスールは、ブラジルを含む南米5か国により構成され、域内の関税撤廃等を目的に発足した関税同盟である。本年6月16日、高市総理とルーラ・ブラジル大統領は、G7エビアン・サミットの機会を利用して首脳会談を行い、日・メルコスール経済連携協定(EPA)の交渉開始を確認する首脳共同声明の発出を歓迎するとともに、双方のセンシティビティに配慮しつつ相互に利益となる協定を実現し、日・メルコスール間の経済関係を更に強化していくことを確認した。そして、6月30日のメルコスール首脳会議で交渉開始が決定された。

では、EPAを通じて何を得るのか。ブラジルは相対的に閉鎖的な経済であり、日本企業にとって、ブラジルの高関税、サービス業における参入規制、投資規制や投資環境に関する予見可能性、複雑・煩雑な行政手続はブラジルでビジネスを行い、利益をあげる上で課題となっている。それに加えて、本年5月、EUメルコスール自由貿易協定(FTA)が発効し、EFTAとの間でも近い将来FTAが発効する予定である。日本企業はメルコスール内の企業のみならず、欧州の企業とも競争条件で日本企業が劣後することになってしまった。欧州の企業と対等な競争条件を確保し、メルコスールにおけるビジネスをより有利な条件で進めるためには日メルコスールEPAは急務である。また、ブラジルにおいては、医薬品・農薬の承認など行政手続きに時間がかかる点も指摘されており、更なる日本企業のビジネスをサポートさせていただきたい。
また、日本企業がメルコスールに進出することは、たとえば日本企業の投資は良質な雇用を生むとして、ブラジルでも大変歓迎されているように、日メルコスールの信頼関係を高める意義もあると考えている。加えて、ブラジル側も地政学的な観点を意識している。ブラジル輸出の30%を占める中国向け輸出は米国による追加関税の影響を受け更に増加しており、中国よりの対ブラジル投資も拡大している中で、特定国への過度な経済的依存は回避すべきとの認識のもと、日本との貿易関係拡大、日本企業の投資の拡大に対するブラジルの期待は高い。
EPAの利点は日本からの輸出や投資ばかりではない。日本の産業競争力の強化のためには、鉱物資源を安定的に確保し、サプライチェーンを強靭化することも重要な課題であるが、メルコスールはブラジルやアルゼンチンなど重要鉱物資源が豊富である。更に、日本はブラジルより、大豆、とうもろこしなど多くの穀物を輸入している。こうした重要鉱物資源や食料の安定確保についてもEPA交渉の中で議論されることになろう。
なお、長年にわたってメルコスール諸国より要望のあったEPA交渉開始については、グローバルサウスへの関与強化の観点からも重要な意義がある点も強調しておきたい。
いずれにしても、メルコスールとのEPAについては、農畜産業をはじめ、国内の生産現場に強い不安を感じる声があるところ、いわゆる「重要5品目」をはじめとしたセンシティビティも含めて、政府としてしっかりと受け止めているところである。
2 気候変動対策における協力
ブラジルはエタノール・水素・アンモニアなどの化石燃料に依存しない燃料の生産や再生可能エネルギー・電力を活用した産業の脱炭素化のポテンシャルが高く、こうした分野での日本企業の関心が高い。こうした中、日伯両国間では、JCM(二国間クレジット制度)の立ち上げに向けて調整している。これは、日本が途上国に優れた低炭素・脱炭素技術やインフラを提供し、削減されたCO2の一部を日本の削減目標に充てるものであり、日本企業からも実現に向けた期待は高い。
3 富裕層インバウンド、インバウンドの地方展開
近年、ブラジルからのインバウンド観光客が増えている。昨年は11万人を超えたがまだまだ伸び代があると考えている。特に、2億人を超える人口を抱えるブラジルには多くの富裕層も存在し、こうした層の日本への観光を促進することに力を入れたいと考えている。また、ブラジルには270万人の日系人が存在しているが、こうした人々の多くは、訪日観光に際して、自らの家族の出身県を訪問する傾向があるところ、こうした観点からもブラジルからのインバウンドに力を入れていくこととしている。