1. ブラジリア建設
2. 地理・気候条件
3. 都市計画
4. 行政・人口
5. 主要経済活動
6. 運輪
7. 伯国政府機関及び外交ミッション移転状況
8. 日系人等
9. 観光及び見どころ
10. その他
1.ブラジリア建設の沿革
首都を海岸から国土の中心部に移したいという念願は、既にポルトガル植民地時代からブラジル人の心の中にあった。1750年にゴヤス州出身の一測量技師が、同州及びその周辺の土地がブラジルの新首都として適切であると提唱したのに始まって、多くの主張や議論が行われたが、1891年共和国最初の憲法第3条にブラジルの首都を中央高原に移すべきことが明記された(1822年独立(帝政)・1889年共和制)。当初、遷都の理由は、一国の首都を国の中心部に置きたいという抽象的な希望であったり、首都を海岸線に置くのは危険であるという国防上の理由であったりしたが、時代の変遷と共にこの国の文化の内陸地方への移転及び、全国的な産業開発の見地から、ブラジル中央高原への遷都の必要性が認識されてきた。1956年に至り、大統領選挙の立候補にあたり、ブラジリア遷都をスローガンの一つとしていたジュセリーノ・クビチェッキ大統領は、まず新首都建設公社(NOVACAP) を設立し、1960年4月21日の遷都を目指して昼夜兼行の建設工事を行い予定通り遷都を行った。
現在連邦区になっているこの一帯は、遷都前は人口の希薄なセラード地帯であり、118年の歴史を持つプラナルチーナという小集落が存在していたにすぎなかった。現在では連邦区の人口は約205万人に達しており(2006年)、プラナルチーナも、近郊農業を主体とする農村(ブラジリア中心部より東へ40Km)として発展しつつあり、ブラジリア誕生前に約3,000人(IBGE ブラジル地理統計院による)であった人口は、今日、約20万人に増加している。
広大な中央高原のうち、なぜこの特定地点を選んだかについては諸説あるが、長期間にわたる気象観測と地形の調査に基づき、快適な気候、人造湖造成に適した地形と十分な雨量、市街地のための平坦な地形などが考慮され、当地が選択されたと言うのが最も妥当であろう。
連邦区はゴイアス州内の東部に位置し、境界線は南緯15°30'と16°03'及び西経47°25'と48°12'にあり、その面積は5,822平方キロメートル(東京都の約2.7倍)である。平均高度は1,172メートルであり最も高いところは1,341メートルに達する。この一帯は、アマゾン川支流のトカンチンス川、ラ・プラタ川支流のパラナ川、東北伯を縦断するサンフランシスコ川等の大河の分水嶺をなしており、地下水が豊富である。緯度(南緯15~16度)は、北半球で言えばマニラのやや北方に位置するが、高原にあたるため、気温は年間を通じて大差なく、過去の記録から見て最高気温35℃以上、最低気温5℃以下になることは稀である。湿度は、乾期には10%前後にまで下がることもあるが、大体50~70%であり、雨期には80%以上となる。この地帯は日本の四季のような変化はなく、1年は乾期(5月-9月)と雨期(10月-4月)に分かれている。
ブラジリアの気候(2000年~2007年の平均値)
月 最高気温(℃) 最低気温(℃) 降水量(mm) 湿度(%)
1 26.7 18.5 245.8 76
2 27.0 18.2 213.9 76
3 26.7 18.1 215.3 76
4 26.8 17.7 99.4 69
5 26.1 15.7 16.8 63
6 25.2 14.3 0.8 56
7 25.5 14.1 4.0 52
8 27.2 15.6 33.4 44
9 28.4 17.5 41.4 49
10 28.8 18.6 156.4 57
11 26.8 18.2 204.2 74
12 26.7 18.4 239.4 75
通年 26.8 17.0 1470.8 64
注:ブラジリア気象台:海抜1,161mブラジリアの都市計画は、ブラジル政府が国の内外に呼びかけて募集した26の設計案の中から選ばれたもので、ブラジル人ルシオ・コスタの設計によるものである。又、大統領官邸、大聖堂等主要な建築物は、ニューヨークの国連ビルの設計者の一人として知られるオスカー・ニーマイヤー(ブラジル人)が設計したものである。
ブラジリアの都市計画の特徴は十字型に交差した2つの巨大な軸をもつ大胆な構想に基づいて計画され、大きな飛行機のような形をしていることである。胴体の軸は、東西方向に走る延長9.75kmのモニュメンタル大通りであり、翼の軸は、南北方向に延びる延長14.3kmのエイショ大通りである。
胴体の部分には、中央部に芝生を広くとった片側6車線のモニュメンタル大通りをはさんで行政地区、業務地区、産業地区、ホテル地区、テレビ局・ラジオ局地区等が整然と区画され、斬新なデザインの中高層ビル群が配置されている。機首に当たる部分に国会(立法)、最高裁判所(司法)、大統領府(行政)に囲まれた三権広場があり、これに続いて外務省(イタマラチ)や法務省を始め各省庁、大聖堂(カテドラル)、国立劇場が建ち並んでいる。胴体の中央部に位置するテレビ塔からは、ブラジリア全体を一望することができる。
一方、翼の方は、エイショ大通り(中央に6車線の高速道路、両側に各々4車線の幹線道路、計14車線)を軸としてその両側が住宅地区となっており、各地区は240m四方程のスーパーブロックに分けられ、7階建て(ピロティ+住宅6階)の集合住宅が配置されている各々のスーパーブロック内には通過交通が生じないように道路設計されており、日常生活に必要な商店街、教会、学校、幼稚園等が周辺に規則的に配置する設計がなされた。
翼と人造湖(パラノア湖、面積約40k㎡)の間に各国大使館や教育施設、各種スポーツ・娯楽クラブがおかれ、人造湖の対岸は一戸建て(高級)住宅地となっている。
これらの整然と区分けされた各地区を結び付ける道路網についても、上記の2つの軸を中心として明確なパターンを取り入れている。幹線道路とその他の道
路の区別が明確であり、幹線道路同士の交差は全て立体交差、その他の交差点に
はT字交差やロータリー方式が採用され、十字交差は殆どない。又、中心部の2つの軸の交差する部分が都市交通のためのバス・ターミナルとなっており、尾翼に当たる部分には、鉄道駅と都市間交通用のバス・ターミナルが配置されている。
ブラジリアは計画人口約50万人で計画され、市街地が無称序に拡大しないように、当初より、増大する人口の受け皿としていくつかの衛星都市が計画されていた。現在では、ブラジリア建設当時兵たん基地であったヌークレオ・バンデイランチ(当時の名称はシダージ・リーブレ)を始め、グァラ、タグァチンガ、セイランジア、ガマ、ソブラジーニョ、プラナルチーナ、ブラスランジア及びクルゼイロの各衛星都市が分布しており、更に1980年代末までに誕生した新しい衛星都市としてサマンバイアとパラノアーがある。
(1)1990年まで、連邦区知事は、大統領が上院の同意を経て直接任命しており、又連邦区には議会は存在していなかった。そして連邦区の予算、公共事業等主要事項は上院の連邦区委員会で審議されなければならなかった。
連邦区に各州並みの自治椎が与えられることになったのは、1988年の新憲法によってである。同憲法により、連邦区知事の公選、議会の設置等が認められ、1990年10月に実地された統一選挙でジョアキン・ロリス(進歩党:PP)が連邦区知事に選出され、又連邦区議会議員24名(日系のアロウド・サタケ議員を含む)が誕生した。現在、連邦区知事は2006年の総選挙で当選したジョゼ・ロベルト・アルーダ(自由戦線党:PFL)、連邦区議会に日系議員はいない。
(2)1957年のブラジリア建設当時、ブラジリア連邦区全体の人口は僅かに12,700人であったが、1960年の遷都時には約14万人、70年約54万人、80年には約120万人と急増した。現在(2007年)では、連邦区全体で約245万人と推定されており、ブラジリア(約24万人)を中心に、セイランジア(約38万人)、タグァチンガ(約25万人)、ガマ(約14万人)、グアラ(約11万人)、サマンバイア(約17万人)などの衛星都市が存在する。
ブラジリアの経済活動の特徴は食料、生活必需品などの多くをサンパウロ、ベロオリゾンテ、リオデジャネイロの市場に依存していることである。食料のうち、野菜、果物、牛乳、鶏卵等は連邦区及びゴヤス州内の生産で需要を充たしており、農業活動は政府の援助政策と相まって、毎年発展している。工業では、ビル、アパート及び住宅用のレンガ、セメントほか建築資材が生産されている程度で、大企業にはまだ見るものべきはない。
銀行は中銀本部、ブラジル銀行本店の他、その他の伯国主要銀行、シティバンクなどの支店・事務所がある。
6.運輸
ブラジリアは、空路及び自動車道路によって、リオデジャネイロ、サンパウロ、ポルトアレグレ、レシフェ、ベレーン及びゴイアニア等主要都市に連結されており、ブラジリアとの距離は次のとおり。
空 路 陸 路
リオデジャネイロ 910㎞ 1,148㎞
サンパウロ 865㎞ 1,015㎞
ベレーン 1,632㎞ 2,120㎞
ポルトアレグレ 1,627㎞ 2,120㎞
レシフェ 1,617㎞ 2,220㎞
ゴイアニア 190㎞ 209㎞
鉄道は、ブラジリアよりリオデジャネイロ(ベロオリゾンテ経由)1,782㎞、
サンパウロ1,190㎞の距離となっている。7.伯国政府機関及び外交ミッション移転状況
(1)大統領府各機関を始め、政府諸官庁及び主要関係機関は全て移転を完了している。(2)外交ミッションについても外国大使館は移転を完了している。
日本大使館は1971年2月に移転を終了した。大使館の敷地面積は25,000平方メートルである。本館は1972年5月に完成し、公邸の完成は、1976年6月である。
日本大使館の所在地は、
SES,Quadra 811,Avenida das Nacoes, Lote 39 で、電話は3442- 4200。
開館時間は土、日、休日を除き、9時~12時、13時30分~17時30分となっている。(1)ブラジリア連邦直轄区域内に居住する邦人及び日系人の総数は、推定約8,000人で、内約530人(2007年10月)が日本国籍保有者である(このうち、77人が長期滞在者で、他は永住者)。
(2)当地日系人社会も、日伯経済動向に伴って本邦への出稼ぎ者数が変動していたが、現在では出稼ぎに出るべき人は出つくした感がある。
(3)永住者の職業別比率(扶養者を除く)は、商工業45%、農業30%、その他25%となっており、又、その所在は、ブラジリア市内に30%、その他は近郊衛星都市及びその周辺に移住し、その過半数が野菜、果物、養鶏、花等、いわゆる近郊型多角農業を営んでいる。
(4)これら永住者の大部分はサンパウロ、パラナ、アマゾン方面からの再移住者で、その優れた農業技術と勤勉さをもって新首都建設に著しく貢献したことは、当市官民から高く評価され、既にブラジル政府から2名、日本政府から10名の移住者が叙勲されている。
9.観光及び見どころ
プラノピロット内
(1)大統領官邸(Palacio da Alvorada)
パラノア湖畔にあり「黎明の宮殿」という意味。国際的建築家オスカー・ニーマイアー(※)が設計、「プラノ・ピロット」(Plano Piloto。市の基軸部分)に先立ち1958年に建設された。柱の形に特徴がありブラジリアのシンボル的存在であ る。
(※)ニュー・ヨークの国連本部ビルの設計者の1人(2)官庁街(Esplanada dos Ministerios)
中央バス・ステーションから国会へ向かって大通りの両側に林立する9階建ての緑色の建物が各省である。向かって右側奥が外務省、左側奥が司法省(人工の滝が流れている)である。
(3)外務省ビル(Palacio do Itamaraty)
リオにあった外務省の建物の名称をそのまま踏襲して「イタマラチ宮」と呼ばれている。内部には大レセプション会場、庭、国際会議場等がある。正面左側の池の中にある大理石の彫刻は「Meteoro(大気現象)」と題するBruno Giorgi(ブラジル人の彫刻家)の作品である。内部の見学は、平日は10時及び16時に許可されている(外務省事務局ビルの受付で見学希望を受け付ける)。
(4)カトリック教大聖堂
16弁の相互にもたれかかる様な形のコンクリートでできた半地下式の大聖堂。
祈りの際の両手を組んだ形をしているとか、キリストの被ったイバラの冠の形をしていると言われる。ニーマイヤーの作品である。入口左手の4人の伝導師はCeschiatti(イタリア人)の作品、又、「瞑想の道(Zona de Meditacao)」を通り抜けて左側にある油絵はブラジル現代画家としては第一人者であるDi Cavalcantiの作品である。天井から吊り下げられている三天使はアルミニウムで出来ており、同じくCeschiattiの作品。市民の結婚式や洗礼式に好んで使われ、年越しのミサの際は大聖堂が参列者でいっぱいになる。(5)国立劇場(Teatro Nacional)
アステカ文明のピラミッドを模したもので大ホール(ヴィラ・ローボス・ホール)、中ホール(マルチンス・ペーナ・ホール)及び小ホール(アルベルト・ネポムセーノ・ホール)とからなる。79年3月に完成した。
(6)連邦議会(Congresso Nacional)
正面入口から見て向かって左側の凸型のドームが上院(Senado Federal)、右側の凹形をした建物が下院(Camara dos Deputados)である。中央のH型の双子ビルには議会事務局が入っていて、28階建てで当市で最も高い建物である。
見学は、毎日9時から18時の間受付に申し込んだ上で自由に行うことができる。(7)三権広場(Praca dos Tres Poderes)
議会の背後にある。議会ビル側からみて左側が大統領府、右側が最高裁判所である。広場の大統領府よりには「2人の戦士」の像(ブラジル人の彫刻家 Bruno Giorgi作)が、最高裁判所寄りには目隠しをし剣を持った女の像(公正な裁判を抽象していると言われる)がある。
(8)ルシオ・コスタ展示室(Espacio Lucio Costa)
三権広場の地下にあり、ブラジリアの立体模型が展示されている。ルシオ・コスタはブラジリアの都市設計図を起案した建築家である。1987年、ブラジリアは世界遺産条約に基づきユネスコ(UNESCO)により世界の文化遺産として登録されたところ、それを記念して翌年に同展示室が作られた。(9)国旗掲揚塔
三権広場の脇に25本(首都建設時の州の数)の鉄柱からなる高さ100mの国旗掲揚塔がある。このブラジル国旗は縦横14×20m、重さ68㎏あり、常時に掲揚されている。毎月第一日曜日の9時30分より三軍が輪番で連邦区政府により発注される新しい国旗と交換する儀式がある。(10)大統領府(Palacio do Planalto)
ニーマイヤーの設計によるもので、「高原の宮殿」という意味。大統領はここで執務する。重要な来客との面接や、大使の信任状奉呈式もこの建物の中で行われる。毎週火曜日(8:00)と金曜日(17:20)にきらびやかな衛兵の交替がある。
(11)ジュセリーノ・クビチェッキ記念館(Memorial Juscelino Kubitchek)
ブラジリア建設・遷都に強力なイニシアチブをとった故ジュセリーノ・クビチェッキ大統領を記念して建設された。館内には同大統領の柩が安置され、関係資料が展示されている。
(12)祖国記念館(Panteao da Patria)
三権広場にある小さな建物、伯建設の英雄を記念したもので、独立の苦労を示すパネルが展示してある。(13)テレビ塔 (Torre de Televisao)
全高218mで、75mのところに150人収用可能の展望台があ る。エレベーターは無料で午前10時から午後10時まで。なお、週末にはテレビ塔の西側(国会と反対側)には市が立ち、民芸品の即売で賑わう。
(14)政庁広場 (Praca da Municipalidade)
別名「ブリチ広場」。テレビ塔の西側(国会と反対側)が文化地区、その背後に連邦区政府の政庁(ブリチ宮)、州裁判所、連邦区会計検査院等の建物がある。(15)体育館(Ginasio de Esportes)
テレビ塔と連邦区政府の間に、73年4月にロンドンのロイヤルバレー団公演がこけら落としをしたメジシ体育館がある。収容人員30,000人で、スポーツ競技の他、大音楽会、ミス・コンテストなど様々な催物が行われている。なお、この一帯はメジシ体育センターと呼ばれ、サッカー、陸上競技、水泳等の設備を有しその他数々のスポーツ施設が建設されつつある。(16)国立公園(Parque Nacional)
市の中心から西へ8㎞。入り口付近に自然湧水を水源としたプールがあり、週末は市民で賑わうが、それより奥は、ブラジリア国立公園として中央高原独特の動植物相を保護するため、立ち入り禁止である。
(17)動物園及び植物園(Jardim Zoologico, Jardim Botanico)
市の南出口、衛星都市ヌクレオ・バンデイランチの近くに広大な敷地を占める動物園がある。ブラジル産の動物を多く収集しており、南米では有数の規模である。また、市の東出口の丘の上には、植物園があり、セラードと呼ばれる疎林の中央ブラジルに典型的な自然値生が保全されていて興味深い。(18)パラノア湖(Lago do Paranoa)
周囲80㎞、最長幅5㎞の南北に伸びる人造湖。対岸は高級個人住宅地城である。湖は最も深いところで30mくらいで、ヨット、ボート遊び(湖畔クラブが多い)や魚釣(コイ、カラ(フナの一種)、ティラピア、草魚等が放流されている)に最適である。なお、市の上水は、パラノア湖ではなく国立公園内のサンタ・マリア湖から導水された市北部のダムより取水している。
(19)アヴェニーダ・ダブリュー・トレス(Avenida W-3)
中央通りから南北に伸びる幹線道路で、それぞれ全長6.5㎞ある。(20)万国通り(Avenida das Nacoes)
パラノア湖の西岸に沿って、南から北へ大統領官邸まで続く通りで、一部の個所では両わきに各国大使館用地が整然と割り当てられており、他は疎林の中を走っている。(21)ドン(・ジョアン)・ボスコ教会(Igreja Don [Joao]Bosco)
巨大な青のステンドグラスが自慢の教会。ステンドグラスを通して見る夕日が美しい。1985年の民政移管直後の民選大統領故タンクレード・ネーヴェスは就任前夜この教会のミサ中に倒れた。
プラノピロット外
(1)カテチーニョ(Catetinho)
ブラジリア建設当初に当時のクビチェック大統領が宿舎とした木造家屋・BR> Bリオ街道沿い約10㎞のところにあり、記念として家具と共に保存されている。
(2)衛星都市(Cidade Satelite)
ブラジリア近郊にはタグァチンガ、セイランジア、ガマ、ブラスランジア、ヌークレオ・バンデイランチ、ソブラジーニョ、プラナルチーナ、クルゼイロ、グァラー、サマンバイア及びパラノアー等の衛星都市があり、ブラジリアのベッドタウンとして近年急速な発展を遂げている。
(3)その他ブラジリア近郊の見所としては、イチキーラの滝(高さ約170mの滝)、クリスタリーナ(宝石類が安い)、シャッパーダ・ドス・ビアディロス(ユネスコ世界遺産にも指定され、滝やエコトゥーリズム等で豊かな自然を満喫できる。ブラジリアより車で3~4時間。)、ヒオ・ケンチ(温泉を利用した温水プールがあ る保養地。ブラジリアより車で4~5時間)がある。(1)通貨、両替
1994年7月1日、新通貨ヘアル(R$)が導入された。両替は空港、銀行、ホテルのフロント等でできる。2008年5月のレートは1ドルにつき約2.0レアルであるが、現在はレートが変わりやすくなっているので注意が必要である。
(2)飲料水
水道水は飲料に適さないので、ミネラルウォター(アグア・ミネラル)を購入した方がよい。
(3)チップ
・ポーター等やホテルのルームメイドには一泊1レアル相当チップをやるとよい。
・レストランでは、通常、食事代にサービス料(10%)が加算されているので別にチップを置く必要はない(勘定の合計欄に+10%が記入されているか確認すること)。勘定にサービス料が含まれていないときには、勘定に10%が加えて払うか、勘定とは別にテーブルに10%程度のチップを置くのが普通である。
(4)交通機関
バス、またはタクシーを利用することができる。バスは路線網が発達しており、その便数も多く、又安価なことから市民の重要交通手段となっているが、地理に不慣れな旅行者にとっては、タクシーの方が便利であろう。タクシーの場合、特にチップの習慣はないが、重い荷物をトランクに積ませたときなど、小額の釣銭(1レアル程度)をチップ代わりにすると良い。なお、流しのタクシーはないので、タクシーを利用する場合は、タクシー乗り場に行くか、無線タクシーを呼ぶことになる。